サカナアクアリウム2015-2016 千秋楽
まずは物販に行って来ました。
すごい混み用。
そもそも、音楽ライブの前に物販に行くっていう発想がなかった。
大概、ライブに行って、その良かった良いんでグッズ買おうかなってのが私の考えだったので…。
何人ぐらいいたのだろうか?
1列に10人は軽くいたので、この直接並んでる人達だけでも、適当にみても…
10人×20列くらい?だから、200人
でも、この列に並ぶための列がさらにあって、それもすごい人だかりだったので、
多分、この人だかり4回分は軽くあるから
200×4で800人くらいは、物販買ってたんじゃないかな?
見積もり甘いかな…。まあ、1000人くらいかな。
必要ないものを必要あると思うときの人間心理
物販では色々な種類の物が売っているが、
正直ファンでない私には、全く買いたくなかった。
でも、周りの人は、一緒に行った人含めて、「喜んで」買いたがっていたし、何を買うかを迷っていた。
一緒に行った人は、今自分の事情がこうだからTシャツが必要なんだよ、だけど、スマホケースも捨てがたいな とか、色々言っていた。
物を売ったりする商売は、皆必要性があって購入しているわけだけど、タオルやスマホケース、その他諸々、ココで売っている物は基本的に必要ない物だ。
だが、必要性を皆「勝手に」感じていた。
この経験より、必要性は、消費者が勝手に設定する物であると強く感じた。
売る側は、色々な商品を用意さえしておけば、勝手に買う側がそれがどう役立つかを想定してくれる。
こうなれば、売れまくる道理は良くわかる。
例えば、帰りに舞浜の駅を京葉線で通ったが、ディズニーランドの客が多く乗って来た。
一体それを購入して何に使うんだ?
というような、キャラクターのプラスチック製の人形とかを首からぶら下げていたり、
そんなドングリの形したケース、一体何に使うんだ?
という物をもってたりした。
でも、彼らは何らかの必要性が見えていたから購入しているはずだ。
そうそう、楽天で調べてみたけど、このキャラクターの正にこんな入れ物とかを持っていた。
もしアナタが購入したいなら、この画像↑は楽天のリンクだから、見てみて欲しい
(果たして、あなたにも、必要性が見出せるだろうか?)
ファンじゃない私には必要性を感じる物はなかった
話しは戻って
一方で、私には、ライブで使うであろうTシャツ、タオルでさえ、「必要性」を全く感じなかった。
全然いらない。だって、音楽聞くだけでしょう?と。
ファンとファンじゃないので見ている物が違う
買う人と買わない人では見ている物が違う。
それを凄く感じた。
ここで集まっていた人は「サカナクションのライブが見たいファン」だ。
やはり、物を売ったりするには「ファン」に売るのが一番効果的だと感じる。
商売の王道は
冷静に考えてみる。
サカナクショングッズを道ばたで出会う人ランダムに1000人に声かけて売るのと、このライブ会場で1000人に声かけて売るのと、どちらが売れるだろうか?と。
もちろん、ライブ会場の1000人(既に商品に興味がある人達)だろう。
やはり、商売の王道は
(1)興味のある人を集めて
(2)彼らに声をかける
ものだと思う。
もちろん、興味があるからって絶対に買う訳じゃないけど、意味ある集客に、意味ある声かけとなることは間違いない。
だから、バイトしてた時に、道ばたで声かけて勧誘とか、チラシ配りとかしてたけど、効果は基本的にそんなに上がらなかった訳だ。
ライブ
大興奮のライブであった。
ちなみに、写真はボーカルの人が「撮って良いよ」と言ったので撮った。
だから、皆手を上げて撮ってるでしょ?
でも、「音楽ライブ」としては、私は非常に不満だった。
批判の内容ばかりだけど、サカナクションを否定したいわけじゃないのでご了承ください
今から言うことは批判の内容になるが、別にサカナクションを否定したいのじゃなくて、「楽しんでる人」と「楽しめない自分」を比較分析することによって、どういうことが営業などの手法として役立つかを研究したいだけである。
この記事を読むのがもしサカナクションファンであれば、サナカクションを否定する意図は私には全くないので、その点注意して読み進めて頂きたい。
なぜライブに行ったのか?
私はサカナクションファンではない。
- 知り合いに連れて行かれた
から行っただけだ。
ライブに期待したこと
そんな私が期待したことは
- (1)誘ってくれた知人と楽しい時間を過ごす
- (2)すばらしい音楽を聴く
- (3)ライブの演出を楽しむ
概ねこんな所だった。
(1)「知人と楽しく過ごす」
は達成できた。
これは、一緒に行ったので、それだけで満足だ。
(2)「すばらしい音楽を聞く」
は正直達成できなかった。
これは、そもそも、サカナクションの音楽性が私には会わなかった。
そこに理由をつけるのは難しい。
単に好きなタイプの音楽ではないとしか言いようがない。
しかし、私が一番ガッカリしていることは、ライブは通常生の楽器の迫力を堪能できたりするものだと思う。
しかし、このライブでは単に楽器の音が(私には)「うるさい」だけでしかなく、歌だって、ボーカルの音が聞こえずらかったりするし、「素晴らしい音楽」というにはほど遠く感じた。
生だとすげーと感じる物がある
オーケストラなんか、CDで家で聴くと全然興味でないのに、生演奏だと「すげー」ってなることが良くあるし、それが生演奏を聴きに行く価値の一つだと感じている。
それを全く感じなかった。
そもそもあの人数にたいして、繊細な調整をした良い音楽を求める私が間違っている気もする。
初めて聴く曲だからって楽しめないわけじゃない
さらに言えば、例え初めて聞く曲であっても、良い曲は、「7曲目くらいのあの曲、なんか耳に残ったな。なんて曲だろう、調べてみよう。」とかなる。
でもそういう意味で気になる物は何一つなかった。
だから、曲を聴いたことがないから楽しめない というのは私はそんなことはないと思っている。
私は、きっと、楽しんでる皆は「素晴らしい音楽」を聴きに来てるんじゃなくて「知ってる曲」のノリを楽しみ、それを良いと思っている人達に囲まれ、飛んだり跳ねたりすることを楽しみに来ているのではないか?と思った。
例えるならカラオケの集まり
言うなれば、昔ミクシィのコミュニティで結構あった
「サカナクションだけでカラオケ一晩する会」
みたいなのの、もっと本格バージョンといった感じじゃないだろうか。
ライブなら、来る客は皆サカナクション好きだし、楽曲もサカナクションだけだし。本人が歌ってくれるし。
知ってる曲は補正される?
知ってる曲だったら、多少ボーカルの声が聞こえなくても、自分のアタマの中で補正されて聞こえる。
事実、一曲だけ、私もサカナクションの曲知っていたが、メロディーラインが追いやすかった。まあ、当然か。
やはり、知ってる知らないは大きい。
(2)「すばらしい音楽を聞く」のまとめ
つまり(2)をまとめると
私には素晴らしい音楽でなくとも、ファンにはすばらしい音楽であり、その最大の違いは「曲を既に知っている」ので繊細の音楽が聴けなくとも補正され、そもそも繊細な音楽を聞く目的をメインに持って来ていない(踊ったりするのがメイン)だからだろうと感じた。
(3)演出を楽しむ
は、あからさまだった。
光の演出、太鼓の演出、舞子さんが出て来る等等あったが、この写真を見てもらえばわかるだろう。
舞台なんて見えない。
これじゃあ、CDとは違う、奏者の演奏の様子を見たり、色々な演出を見たりなんかできるわけがない。
正直、この点は私は普通のサービス業だったらクレームつけちゃうくらい不満だった。
見えないくらい人いれるなよ!と。
でも、皆、なんとも思ってないようだった。
それどころか、皆満足した表情で帰っていた。
それは、(2)の所で考察した「踊りに来ている」という理由がメインだからかもしれない。
隣にいた人なんか、瀬がちっちゃくて、本当に前の人の背中しか見えてなかったと思う。
でも文句言って帰るような人は1人もいなかった。
ファンでない私には、あまり理解できない状況だった。
さらに言ってしまえば、私がファンであるアーティストのライブに行ったとしてもなんにも見えなかったら、もう、この席では二度と来ない!と思うかもしれない。
嫌だけど、見えないのは嫌だからしょうがないから高いかね払うかぁ。
ってなるような気がする。
ある1点だけを満たせば満足できる
でも、私以外のほぼ全ての人がそのことに不満を持っている様には見えなかった。
この考察より、サービスにおいて全ての質が高い必要はないと感じた。
ここでいえば「ダンスする環境・音楽」さえ質が高ければ良いということだと思われる。
もちろん、元々の楽曲なども質は良いのだろう。
客が何を求めているのかを知ることが重要
さらに言ってしまえば、
客が何を求めているのかを知ることが非常に重要だということか。
激安牛丼チェーン店でちょっと高級な肉をだしても、質が良い肉だとしても、あまり売れないかもしれないし、さらに言っちゃえば、逆にクレームがつく可能性もある。
んなもんいらんから、安くしてくれと!
逆に、高級料理屋で安いものだしても、注文されないかもしれない。そもそも高級料理屋に貧乏人は行かないし、安いってことは質が悪いことをアピールしてる訳だから、金持ちが頼むとは思えない。
こんな感じだろうか。
最後人がはけて来たら舞台が見える様になった。
次回公演への告知は必要
最後に帰りに、これらの広告物を渡された。
中央下のアネッサの日焼け止めは、新曲がアネッサのタイアップ曲になってるらしく、その関係のようだ。
しかし、6000円程度のチケット1人に対して、5点の広告物。
もちろん、大漁印刷だから紙代はたいしたことないのかもしれないけど、でも次回作への告知はきちっとする。
当然、ファンじゃない私にも渡してるわけだからね…やっぱりこういう活動は集客には大事ということか。
同調行為…私には不安感から同調したという貴重な経験
ちなみに、ライブ中のジャンプしたり、手を上げたりといった同調行為。
私は、恐かったのでやっていた感じ。
皆はノリノリでやりたくてやってたけど、そうじゃない人が同調行為で同調する場合は、「皆に併せないと恐い」
というのが理由でやるものだと痛感した。
あんだけ皆がジャンプしたりしてるのに、1人だけしら〜っとした顔してたら、逆に何言われるだってのが少々恐く感じてしまった。
ライブ行って色々得られた教訓等はこんな感じでした。
最後のまとめ
ファンを作って集める。これが王道の営業方法
広告媒体は必要
1点客が求める物を提供できれば他の物は満たせなくとも満足できる